横浜地方裁判所川崎支部 平成3年(ワ)30号 判決 1998年4月09日
原告
石井澄男
外一名
右両名訴訟代理人弁護士
畑山穰
同
影山秀人
被告
川崎市
右代表者市長
髙橋清
右訴訟代理人弁護士
堀家嘉郎
右訴訟復代理人弁護士
石津廣司
被告
医療法人社団亮正会
右代表者理事長
加藤信夫
右訴訟代理人弁護士
平沼高明
同
堀井敬一
同
木ノ元直樹
同
加藤
右訴訟復代理人弁護士
堀内敦
同
加々美光子
主文
一 被告川崎市は、原告石井澄男に対し、金二二二四万六四四〇円及びその内金二〇二二万四〇三七円に対する平成二年一月二七日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
二 被告川崎市は、原告石井由美子に対し、金二一一四万六四四〇円及びその内金一九二二万四〇三七円に対する平成二年一月二七日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
三 原告らの被告川崎市に対するその余の請求及び被告医療法人社団亮正会に対する請求を棄却する。
四 訴訟費用は、原告らに生じた費用の二分の一と被告川崎市に生じた費用を被告川崎市の負担とし、原告らに生じた費用のその余の費用と被告医療法人社団亮正会に生じた費用を原告らの負担とする。
五 この判決は、第一項及び第二項に限り、仮に執行することができる。ただし、被告川崎市が各原告に対し各金四〇〇万円の担保を供するときは、右各仮執行を免れることができる。
事実及び理由
一 請求
1 被告らは、原告石井澄男に対し、各自金三六三八万九一九九円及びその内金三三〇八万一〇九〇円に対する平成二年一月二七日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
2 被告らは、原告石井由美子に対し、各自金三五二八万九一九九円及びその内金三二〇八万一〇九〇円に対する平成二年一月二七日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
二 事案の概要
本件は、原告らの子である石井裕之(以下「裕之」という。)が気管支系疾患に罹患しやすい体質であったところ、裕之の入学した被告川崎市の設置する久本小学校(以下「被告小学校」という。)の担任教諭が裕之に対する安全配慮義務に違反したことにより、裕之を風邪に罹患させた上、裕之を診療した被告医療法人社団亮正会の設置する総合高津中央病院(以下「被告病院」という。)の医師が裕之に対する診療義務を怠った過失により、裕之の状態を悪化させ、よって、裕之を死亡するに至らせたとして、原告らが、被告川崎市に対しては安全配慮義務違反を理由とし、被告医療法人社団亮正会に対しては診療契約上の債務不履行もしくは不法行為を理由として、被告らに対し、損害賠償を請求したという事案である。
三 事実経過
争いのない事実及び証拠上認められる事実(弁論の全趣旨を含む。)は以下のとおりであり、右認定に反する証拠は採用することができない(なお、1(二)及び2ないし4は原告らと被告川崎市間のみの事実である。)。
1 当事者
(一) 原告石井澄男(以下「原告澄男」という。)は裕之の父、原告石井由美子(以下「原告由美子」という。)は裕之の母である(当事者間に争いがない。)。
(二) 被告川崎市は被告小学校を設置している(原告らと被告川崎市間に争いがない。)。
(三) 被告医療法人社団亮正会は被告病院を設置している(当事者間に争いがない。)。
2 裕之の被告小学校入学までの経過
(一) 裕之は、昭和五八年一月一八日、原告らの長男として出生したが、同年一二月上旬ころ、肺炎、気管支炎に罹患し、さらに、昭和五九年四月上旬ころ、肺炎に罹患した(原告石井澄男本人尋問の結果、甲一、二、一六、九〇号証)。
(二) 裕之は、肺炎に罹患した後、風邪を引きやすくなり、同年一一月二一日から平成元年二月七日までの間、三〇回以上にわたり、訴外廣津病院において、気管支炎、肺炎等の診療を受け、さらに、昭和六三年一〇月一二日から同年一二月二三日までの間、六回にわたり、被告病院において、急性気管支炎、急性胃腸炎等の診療を受けていた(原告石井澄男本人尋問の結果、甲一四の1、2、一六、三八、九〇、丙一)。
(三) 裕之は、昭和六〇年七月二八日ころ、ブランコから転落して上顎前歯を陥没し、同月二九日から同年八月六日までの間、訴外作間第二歯科において、再植手術を受けたため、一時期流動食のみしか摂れず、その後も手術の影響で偏食気味となった(甲二、四〇の1、2、九〇)。
(四) 裕之は、訴外高津幼稚園に入園したが、満四歳の時、身長が99.8センチメートル、体重が14.6キログラムであり、風邪で二二日欠席し、さらに、満五歳の時、身長が104.6センチメートル、体重が15.8キログラムであり、風邪で四〇日欠席していた(原告石井澄男本人尋問の結果、甲一七、一八、八三、九〇)。
3 裕之の被告小学校入学後の経過
(一) 裕之は、平成元年四月、被告小学校へ入学し、被告川崎市教員である上野みず江教諭(以下「上野教諭」という。)の担任する同一年二組に在籍した(原告らと被告川崎市間に争いがない。)。
(二) 同校は、児童の入学の際、児童の健康状態を把握するなどの目的で、児童の父母に対し、児童の既往症等の記載欄のある「就学児童個票」、「健康記録カード」及び「児童調査表」を提出させていた(原告石井澄男本人尋問の結果、証人上野みず江の証言、甲二〇、二一の1、2、二三、九〇)。
(三) 原告澄男は、「児童調査表」に裕之が生後約一年で肺炎により入院したことがあり、扁桃腺が弱いので人並みの健康を希望している旨を記載し、同校へ「就学児童個票」、「健康記録カード」及び「児童調査表」を提出し、上野教諭は裕之の右書面を閲覧していた(「児童調査表」に裕之が生後約一年で肺炎により入院したことがあり、扁桃腺が弱いので、風邪を引きやすく、成長が遅れた旨及び親として人並みの健康を希望している旨が記載されていた事実は原告らと被告川崎市間に争いがない。原告石井澄男本人尋問の結果、証人上野みず江の証言、甲二三、九〇)。
(四) 裕之は、同年五月一日から同年一〇月三〇日までの間、八回にわたり、訴外廣津医院において、異型肺炎、上気道炎の診療を受け、さらに、同年五月一八日から同年一二月二八日までの間、七回にわたり、被告病院において、急性咽頭炎、急性気管支炎等の診療を受けていた(原告石井澄男本人尋問の結果、甲十四の1、三八、九〇、丙一)。
(五) 裕之は、同年五月一日、発熱で欠席したが、上野教諭は、同日、裕之の家庭訪問の際、原告由美子から裕之の成長が遅れている旨を聴いた(原告石井澄男本人尋問の結果、証人上野みず江の証言、甲八の1、二二、九〇)。
(六) 裕之は、同年六月二二日から同年九月七日までの間、水泳の授業の一二回のうち七回を風邪等で欠席し、その都度、原告由美子は「水泳カード」にその旨を記載し、右書面を上野教諭へ提出し、上野教諭は右書面を閲覧していた(原告石井澄男本人尋問の結果、甲三一)。
(七) 裕之は、同年七月五日ころ及び同月一〇日ころ、同校において、嘔吐、下痢をするなどしばしば消化器系の不調を呈し、上野教諭がこれらの処理をすることもあった(原告石井澄男本人尋問の結果、証人上野みず江の証言、甲八の1、九〇)。
(八) 原告由美子は、同年一〇月一三日及び同年一一月二一日、「連絡帳」に裕之が風邪気味のため体操着の下着を脱がせないでほしい旨を申し出て、上野教諭は右要請に従って裕之を扱った(原告石井澄男本人尋問の結果、証人上野みず江の証言、甲八の1、2)。
(九) 小学校一年生の平均身長が117.1センチメートル、平均体重が21.3キログラムであるところ、裕之は、小学校一年生時、身長104.7センチメートル、体重一六キログラムであり、被告小学校一年二組の児童で最も身長が低かった(原告石井澄男本人尋問の結果、証人上野みず江の証言、甲一九、二八、八三、九〇)。
(一〇) 裕之は、同校の登校日一九四日のうち一学期に風邪、肺炎で一〇日、二学期に風邪、発熱で四日、三学期に風邪で5.5日を欠席し、その都度、原告由美子は「連絡帳」にその旨を記載し、右書面を上野教諭へ提出し、上野教諭は右書面を閲覧していた(裕之が一学期に風邪、肺炎で一〇日、二学期に風邪、発熱で四日、三学期に風邪で5.5日を欠席した事実は原告らと被告川崎市間に争いがない。原告石井澄男本人尋問の結果、証人上野みず江の証言、甲八の1、2、一九、二八、八三、九〇)。
4 裕之の発症までの経過
(一) 神奈川県等の関東地方においては、平成元年一一月ころからインフルエンザが流行し、平成二年一月三〇日までの間、前年を大きく上回り、神奈川県の小学校の一六五七学級が学級閉鎖となるなど多数の小学校が集団風邪で学級閉鎖の措置を取っており、このような状況は新聞報道されていた(原告石井澄男本人尋問の結果、甲一一の1ないし19、甲九〇)。
(二) 裕之は、平成元年一二月二八日及び平成二年一月五日、被告病院において、カタル性扁桃炎等の診療を受けたが、その後、被告小学校へ登校していた(原告石井澄男本人尋問の結果、甲一四の1、丙一)。
(三) 裕之は、同月一六日、同校へ登校したが、同日午後一二時一〇分から同日午後一二時五五分までの間の給食時間中、蜜柑を食べて嘔吐し、着用していた長ズボン及びジャンパーを嘔吐物で汚したため、上野教諭は裕之を体操用の短パンに着替えさせ、汚れたジャンパーを濡れタオルで拭いてストーブで乾かし、裕之はセーター、短パン及び冬用ハイソックスという服装でストーブから約一メートルないし約1.5メートル離れた座席に座って授業を受け、上野教諭は裕之が暖まっていると考え、五時限目の終了した同日午後二時三〇分ころ、右服装の裕之にジャンパーを着用させ、約七〇〇メートル離れた裕之の自宅まで下校させた(裕之が、同年一月一六日、同校に登校したが、給食時間中に嘔吐し、上野教諭が裕之を体操用の短パンに着替えさせ、裕之が短パンで下校した事実は原告らと被告川崎市間に争いがない。原告石井澄男本人尋問の結果、証人上野みず江の証言、甲六、七、八の2、三四ないし三六、四三の1、2、九〇、乙一)。
(四) 同日午後二時から同日午後三時ころまでの天気は、同校の所在する川崎市に隣接する横浜市において、約八センチメートルの雪が降り、気温約0.4度ないし約0.6度、風速約7.5メートルないし約7.7メートルであり、横浜市の小・中・高等学校等一二一校が休校や早期下校の措置を取っていた(当日が降雪であった事実は原告らと被告川崎市間に争いがない。原告石井澄男本人尋問の結果、甲九の1、一二の1、三六、三七)。
(五) 裕之は、同月一七日、同校へ登校したものの、同日夜、原告由美子の計測で三八度の発熱をし、同月一八日から同月二〇日までの間、同校を欠席し、同月一八日、被告病院において、外来診療を受け、急性胃腸炎と診断された(裕之が、同月一八日から同月二〇日までの間、同校を欠席した事実は原告らと被告川崎市間に争いがない。原告石井澄男本人尋問の結果、証人上野みず江の証言、証人吉澤暢の証言、甲八の2、一四の1、九〇、丙一)。
(六) 裕之は、同月二二日、消化器系の不調な容態のまま、同校へ登校したものの、原告由美子が裕之を給食前に下校させてほしい旨を申し出ていたため同日午前中までで早退し、同月二三日、下痢が三回に減るなど急性胃腸炎の症状が軽快したものの、消化器系の不調が続き、同校を再び欠席した(裕之が、同月二三日、同校を再び欠席した事実は原告らと被告川崎市間に争いがない。原告石井澄男本人尋問の結果、証人吉澤暢の証言、甲八の2、一四の1、九〇、丙一)。
(七) 裕之は、同月二四日、同校へ登校し、さらに、同月二五日、同校へ登校したが、上野教諭は裕之が咳込んだり、だるそうな様子がなく、原告らから裕之の健康状態が不安な場合に申し出られていた体育欠席や体育の服装の指示等がなかったため、二時限目の同日午前九時二五分ころから同日午前一〇時一〇分ころまでの間、同校屋外運動場において、裕之を体操用の短パンに着替えさせて体育の授業を受けさせたが、裕之は、体育の授業中、あまり動かないでいた(裕之が、同月二五日、同校へ登校し、同屋外運動場において、短パンに着替えて体育の授業を受けた事実は原告らと被告川崎市間に争いがない。証人上野みず江の証言、甲七、三六、四三の3ないし5)。
(八) 同日午前九時ころから午前一〇時ころの天気は、同校の所在する川崎市に隣接する横浜市において、晴れ、風速約1.9メートルないし約2.8メートルであったものの、気温約2.2度ないし約三度であった(甲九の2、一二の3、4)。
5 裕之の被告病院入院までの経緯
(一) 裕之は、平成二年一月二五日夜、発熱し、同月二六日午前四時ころ、原告由美子の計測で三九度七分の発熱をしたため、原告由美子に連れられ、同日午前九時ころ、被告病院において、同病院に勤務する吉澤暢医師(以下「吉澤医師」という。)の外来診療を受け、吉澤医師は、原告由美子への問診で裕之が同月二五日夜から高熱を発し、咳があるが、苦痛や嘔吐はない旨を、裕之への問診で頭の不快感はない旨をそれぞれ聴き、視診、聴診及び触診をして診察したところ、髄膜刺激症状等の異常がなく、咽頭発赤及び扁桃腫脹があるという所見であったため、裕之をウイルス感染症による急性咽頭炎と暫定診断をし、抗生剤、抗ヒスタミン剤、鎮咳剤、解熱剤及び整腸剤を投与し、裕之は、同日午前一〇時ころ、被告病院から帰宅した(裕之が、同日午前九時ころ、被告病院において、吉澤医師の外来診療を受けた事実、吉澤医師が裕之をウイルス感染症による急性咽頭炎と診断した事実及び裕之が、同日午前一〇時ころ、被告病院から帰宅した事実は原告らと被告医療法人社団亮正会間に争いがない。原告石井澄男本人尋問の結果、証人吉澤暢の証言、甲一四の1、3、九一、丙一)。
(二) 裕之は、同日午後二時四〇分ころ、原告由美子の計測で四一度八分の発熱をし、嘔吐及びうわごとがあり、傾眠状態であったため、原告由美子は、同日午後四時ころ、被告病院に対し、その旨を電話で説明し、看護婦の後に吉澤医師が応対したため、吉澤医師の指示を仰いだところ、吉澤医師は高熱では安静が第一と考え、原告由美子に対し、前額部と後頭部の冷却、胸部と下腿の清拭及び痙攣の経過観察を実施し、様子を見て来院するように指示した(原告由美子が、被告病院に対し、裕之が、同日午後、原告由美子の計測で四一度八分の発熱をし、嘔吐及び傾眠状態にあった旨を電話で説明し、吉澤医師の指示を仰いだ事実は原告らと被告医療法人社団亮正会間に争いがない。原告石井澄男本人尋問の結果、証人吉沢暢の証言、甲一四の1ないし3、九一、丙一)。
(三) 原告由美子は、裕之の状態に変化が現れないため、同日午後四時三〇分ころ、被告病院に対し、これから来院する旨を電話で告げ、裕之は、同日午後四時五〇分ころ、原告由美子らにより被告病院へ運び込まれ、被告医療法人社団亮正会は裕之の診療を承諾した(原告由美子が、被告病院に対し、これから来院する旨を電話で告げた事実及び裕之が、同日午後四時五〇分ころ、原告由美子らにより被告病院へ運び込まれ、被告医療法人社団亮正会が裕之の診療を承諾した事実は原告らと被告医療法人社団亮正会間に争いがない。原告石井澄男本人尋問の結果、証人吉澤暢の証言、甲一四の1ないし3、五〇、九一、丙一)。
(四) 吉澤医師は、原告由美子への問診で裕之の意識がなくなり、問いかけに反応がなく、途中で三回の嘔吐及び尿失禁をした旨を聴き、視診、聴診、打診、触診及び呼びかけをして裕之を診察したところ、胸部理学的所見こそ正常であったものの、裕之に多呼吸及び多頻脈、腹部鼓腸状、瞳孔散大傾向、対光反射弱、項部硬直気味、ケルニヒ微候、痛み刺激にのみ辛うじて目を開ける程度の意識障害という所見であったため、高熱をともなう感染症から進展する脳炎、脳症、髄膜炎、脳腫瘍等の脳障害により昏迷状態の意識障害を起こしていると診断した(吉澤医師が裕之を聴診及び打診をし、原告由美子から三回の嘔吐及び尿失禁をした旨を問診で聴いた事実及び裕之が痛み刺激にのみ反応する状態であった事実は原告らと被告医療法人社団亮正会間に争いがない。証人吉沢暢の証言、証人星義次の証言、甲一四の1、3、九一、丙一、七)。
(五) 吉澤医師は、意識障害の検索及び治療のため、裕之の即時の入院を決定し、血管確保のため、ソリタT3の点滴を実施し、病室に搬送する途中で肺炎その他合併症の検査のため、胸部レントゲン写真を撮影し、同日午後五時三五分ころ、経過観察のため、裕之を被告病院に入院させ、同日夜の当直である被告病院に勤務する星義次医師(以下「星医師」という。)に対し、同日午前九時の外来診察の所見、同日午後の急変、意識障害の発生、嘔吐の回数等の症状を申し送り、裕之の処置を星医師に引き継いだ(吉澤医師がソリタT3の点滴を実施し、胸部レントゲン写真を撮影した事実及び同日午後五時三五分ころ、経過観察のため、裕之を被告病院に入院させた事実は原告らと被告医療法人社団亮正会間に争いがない。証人吉沢暢の証言、証人星義次の証言、甲一四の1、4、六八、丙一、七)。
(六) なお、吉澤医師は、裕之が高熱にともなう多呼吸及び多頻脈であると考え、酸素吸入を実施せず、意識障害を悪化させるため抗痙攀剤を、未だ病名を特定できなかったため、グリセオールをそれぞれ投与せず、裕之の転院も考えなかった(証人吉澤暢の証言、証人星義次の証言、甲一四の1、丙一、七)。
6 裕之の被告病院入院後の経過
(一) 星医師は、病室への搬送途中、裕之を視診し、問いかけに反応がなく、意識状態が悪いため、裕之を重症患者用の六〇七号室へ収容した(証人吉澤暢の証言、証人星義次の証言、甲六六の2ないし5、丙一、五)。
(二) 星医師は、裕之を六〇七号室へ収容した後、視診、聴診、触診、神経学的検索及び原告由美子への問診をして裕之を診察したところ、裕之に多呼吸及び多頻脈があったが、顔色が良好という所見であったため、多呼吸及び多頻脈を発熱にともなうものと考えた上、顔面蒼白、眼球結膜の黄染、心雑音、陥没呼吸及び腹部異常がなかった一方、膝蓋腱反射及びアキレス腱反射の消失、意識混濁、痛み刺激にのみ反応という所見であったため、裕之を急性脳炎、急性脳症、脳腫瘍又は脳出血と疑った(証人吉澤暢の証言、証人星義次の証言、甲一五の1、4、丙二、七)。
(三) 星医師は、血中酸性濃度を測定するため、採血して静脈血液ガスや血沈等を検査したが、特に異常がないという所見であり、さらに、同日午後六時ころ、脳腫瘍や脳出血を鑑別するため、頭部CTスキャン検査を実施したが、著名な異常所見はなく、やや脳浮腫気味という程度で正常の範囲内という所見であったため、裕之を急性脳症又は急性脳炎と疑い診断し、対症療法的に脳浮腫及び痙攣に対処する方針を立て、また、急性脳症の特殊型であるライ症候群の可能性もあると考え、髄液検査を予定した(星医師が裕之の頭部CTスキャン検査を実施したが、著明な異常所見はなく、やや浮腫気味という程度で正常の範囲内という所見であったため、裕之を急性脳症又は急性脳炎と疑い診断した事実は原告らと被告医療法人社団亮正会間に争いがない。証人吉澤暢の証言、証人星義次の証言、甲一五の1ないし4、九一、丙二、六、七)。
(四) 星医師は、同日午後六時四五分ころ、経過観察のため、裕之を六〇七号室へ戻し、ソリタT3の点滴を一時中止し、脳圧を降下するため、水分制限及びグリセオールの点滴をして治療し、裕之を仰臥位で手足を抑制した状態で寝かせた上、原告らを帰宅させ、意識が不明で酸素吸入を受けていた一人を含む急性脳炎の患者三人の入院する六〇七号室を看護していた看護婦三人及び星医師が、二四時間モニターで裕之の呼吸、血圧等のバイタルチェックをし、三〇分毎に裕之の意識レベルを確認し、裕之の経過観察をしていた(星医師が、同日午後六時四五分ころ、ソリタT3の点滴を一時中止し、グリセオールの点滴をして治療した事実、原告らが帰宅した事実及び裕之が経過観察のため、入院し、手足を抑制されて仰臥位で寝かされた事実は原告らと被告医療法人社団亮正会間に争いがない。証人吉澤暢の証言、証人星義次の証言、甲一五の1、5ないし7、六七の1ないし3、九一、丙二、五、七)。
(五) 星医師は、同日午後七時三〇分ころ、急性脳炎と急性脳症を鑑別する髄液検査のため、腰椎穿刺で裕之の髄液を採取し、その後約一時間、裕之の頭部を低くし、仰臥位で手足を抑制した状態で寝かせ、髄液の混濁を肉眼により細胞数で観察し、特に髄液中の細胞数が増加していないと考え、裕之を急性脳症と強く疑ったが、既に被告病院の検査室が閉室していたため、精密な髄液検査及び血液生化学検査を同月二七日に予定し、髄液を冷蔵庫に培養して保存した(星医師が髄液検査のため、裕之の髄液を採取した事実及び被告病院の検査室が閉室していたため、同月二七日に髄液検査と血液生化学検査を予定した事実は原告らと被告医療法人社団亮正会間に争いがない。証人星義次の証言、甲一五の1、4、5、6、丙二)。
(六) なお、星医師は、グリセオールが硬膜外血腫、硬膜下血腫がある場合に出血を悪化させるため、CTスキャン検査の結果が出るまで投与せず、また、裕之に痙攣がなく、意識が戻ってきたため、呼吸抑制、心筋抑制及び不整脈の危険のある抗痙攣剤の投与を見合わせ、さらに、裕之が低酸素血症ではなかったため、酸素吸入を実施せず、裕之の転院も考えなかった(星医師が抗痙攣剤の投与及び酸素吸入を実施しなかった事実は原告らと被告医療法人社団亮正会との間に争いがない。証人吉澤暢の証言、証人星義次の証言、甲一五の1、5ないし7、六七の1ないし3、九一、丙二、七)。
(七) 裕之は、同日午後七時ころ、星医師が目を開けてと言うと、目を開けて眼球運動をし、同日午後七時三〇分ころ、腰椎穿刺の際、星医師に対し、腰がかゆい旨を話し、同日午後八時ころ及び同日午後一〇時ころ、星医師や看護婦を目で追い、その問いかけに自分の氏名、年齢、頭痛の具合を答えるなど会話しており、同日午後七時ころから同日午後一〇時ころまでの間、意識状態が大分回復していた(裕之が、目を開けてというと、目を開け、問いかけに自分の氏名、年齢、頭痛の具合を答えるなど会話していた事実は原告らと被告医療法人社団亮正会間に争いがない。証人星義次の証言、甲一五の1、5、6、甲九一、丙二、七)。
(八) 裕之は、同日午後一〇時二二分ころ、咳をして喘鳴し、顔色が優れない状態となり、口腔及び鼻腔から血性の粘ちゅう性嘔吐物を嘔吐し、同日午後一〇時二五分ころ、呼吸抑制が起こり、眼球が上転して凝視し、口唇にチアノーゼが現れ、問いかけに反応がなく、四肢に軽度の冷感がある状態となった。そのため、看護婦が吸引器で多量の血性嘔吐物を吸引した上、すぐに星医師を呼び、星医師が酸素吸入器で酸素吸入を実施したが、同日午後一〇時三七分ころ、裕之の自発呼吸が弱くなり、星医師がマスクバック吸入及び気管内挿管を実施したが、裕之は徐脈となり、さらに、星医師がボスミン、メイロン等の注射及び心臓マッサージを実施したものの、裕之は心停止の状態となった(裕之が血性嘔吐物を嘔吐し、呼吸抑制が起こり、眼球が上転して凝視し、口唇にチアノーゼが現れ、問いかけに反応がなく、四肢に軽度の冷寒がある状態となったため、看護婦が吸引器で血性嘔吐物を吸引し、星医師が気管内挿管、ボスミン、メイロン等の注射、心臓マッサージ等の救命処置を実施した事実は原告らと被告医療法人社団亮正会間に争いがない。証人星義次の証言、甲五の1、5、6、九一、丙二、七)。
7 裕之の死亡
裕之は、同月二七日午前零時四六分ころ、死亡した(当事者間に争いがない。)。
四 当事者の主張
1 原告らの主張
(一) 被告川崎市の安全配慮義務違反
上野教諭は、裕之の担任教諭であるところ、原告澄男が提出した裕之の「就学児童個票」及び「健康記録カード」に既往症等の記載欄があり、また、「児童調査表」に裕之が生後約一年で肺炎により入院したことがあり、扁桃腺が弱いので、風邪を引きやすく、成長が遅れた旨及び親として人並みの健康を希望している旨が記載されていたこと、平成元年五月一日、裕之の家庭訪問の際、原告由美子から同様の説明を受けていたこと、裕之が被告小学校入学後、同校登校日一九四日中、風邪、肺炎で一〇日、風邪、発熱で四日、風邪で5.5日を欠席し、その都度、原告由美子がその旨を「連絡帳」に記載して上野教諭へ提出していたこと、裕之が身長104.7センチメートル、体重一六キログラムであり、同校一年二組の児童で最も身長が低かったこと、同校において、しばしば嘔吐、下痢等の消化器系の不調を呈していたこと、同年九月ないし同年一一月、原告由美子から体育の授業の際の裕之の保温について要請を受けていたこと及び同年一一月二四日ころからインフルエンザが流行し、同校一年二組においても三日間の学級閉鎖があったことがそれぞれあったのであるから、裕之が気管支系の健康状態に不安がある児童であり、ウイルス性の風邪に罹患し、重篤な事態に至る可能性のあることを予見し、同校において裕之がウイルス性の風邪に罹患しないよう配慮すべきであったにもかかわらず、これを怠り、平成二年一月一六日、裕之が給食時間中に嘔吐して衣服を汚したため、裕之に対し、短パンに着替えさせ、そのまま降雪して寒気の厳しい中を約七〇〇メートル離れた裕之の自宅まで下校させ、さらに、同月二五日、寒気の厳しい同校屋外運動場において、風邪による4.5日間の欠席から登校したばかりの裕之に対し、薄手の半袖体操着及び短パンに着替えさせ、そのまま体育の授業を受けさせた安全配慮義務違反により、裕之をウイルス性の風邪に罹患させ、その結果脳炎又は脳症を発症悪化させ、死亡させた。
(二) 被告医療法人社団亮正会の過失
(1) 指示義務違反
吉澤医師は、裕之が外来診療を受けた際、裕之をウイルス感染症による急性咽頭炎と診断していたところ、原告由美子が、同月二六日午後三時ころ、同日午後三時三〇分ころ及び同日午後四時ころ、三回にわたり、裕之が四一度八分の高熱、意識障害、嘔吐がある旨を電話で説明し、吉澤医師の指示を仰いだのであるから、裕之が脳炎、脳症による脳浮腫の悪化又はライ症候群の悪化により重篤な事態に至る可能性を予見し、直ちに裕之を来院させ、検査室の検査ができる時間内に診療させるように指示すべきであったにもかかわらず、これを怠り、原告由美子に対し、胸の負担を軽くし、四肢を冷し、安静にしてしばらく様子を見るようにのみ指示し、裕之の来院及び診療を遅らせた過失により、裕之の脳炎、脳症による脳浮腫又はライ症候群を悪化させ、裕之を死亡させた。
(2) 治療義務違反
星医師は、経過観察のため、裕之が被告病院に入院した際、裕之を急性脳炎又は急性脳症と疑い診断した上、裕之に痙攣による嘔吐がうかがわれ、多呼吸及び多頻脈が継続していたのであるから、裕之が脳炎又は脳症による脳浮腫の悪化により重篤な事態に至る可能性を予見し、裕之に低酸素状態の継続又は循環の不改善による脳浮腫の進行を防止するため、直ちにグリセオールの点滴、抗痙攣剤の投与及び酸素吸入をして治療すべきであったにもかかわらず、これを怠り、裕之の入院の際、直ちに右処置を取らなかった過失により、裕之の脳浮腫を悪化させ、裕之を死亡させた。
(3) 検査義務違反
星医師は、裕之を急性脳炎又は急性脳症と診断し、さらに、急性脳症の特殊型であるライ症候群を疑ったのであるから、裕之がライ症候群の悪化による重篤な事態に至る可能性を予見し、裕之の入院の際、ライ症候群を鑑別するため、髄液の細胞数検査及び血液生化学検査を直ちに実施し、ライ症候群と鑑別した場合、直ちにアンモニア、血糖、血液凝固系の検査等の測定体制、酸素投与、高アンモニア血症に対する腹膜灌流、交換輸血等の処置を実施すべきであったにもかかわらず、これを怠り、裕之の髄液及び血液を採取したものの、被告病院の検査室が閉室していたため、右検査を翌日に回し、その日のうちに裕之をライ症候群と診断せず、右処置を取らなかった過失により、裕之のライ症候群を悪化させ、裕之を死亡させた。
(4) 転院義務違反
星医師は、裕之の入院の際、被告病院の検査室の検査時間が過ぎており、裕之の髄液検査及び血液生化学検査ができず、また、裕之の入院した六〇七号室に意識不明の状態の一人を含む急性脳炎患者三人が入院していたのに対し、小児科の医師一人、看護婦三人のみで診療に当たり、裕之の診療に専念できる状態になかったのであるから、裕之がライ症候群の悪化により重篤な事態に至る可能性を予見し、集中治療室で主治医一人が患者一人を受け持つことができ、ライ症候群を鑑別するため、髄液検査及び血液生化学検査ができる設備の整った最寄りの病院へ裕之を直ちに転院させるべきであったにもかかわらず、これを怠り、裕之を六〇七号室に入院させ、右設備の整った最寄りの病院へ転院させなかった過失により、裕之のライ症候群を悪化させ、裕之を死亡させた。
(5) 救護義務違反
星医師は、裕之が入院前から四回も嘔吐し、入院後も嘔吐した上、嘔吐傾向のある急性脳炎又は急性脳症と診断していたところ、裕之の意識状態が悪く、多呼吸及び多頻脈が継続していたのであるから、裕之が嘔吐物の誤嚥による気管閉塞から窒息死する可能性を予見し、頭を高くして嘔吐物を誤嚥しにくい側臥位で裕之を寝かせ、胃チューブであらかじめ胃内容物を吸引し、頻繁に体位変換し、また、裕之に誤嚥による気道閉塞が発生した場合、数分以内に吸引の上、気道確保ができるような体制を整えるべきであったにもかかわらず、これを怠り、裕之の頭を低くし、手足を抑制して仰臥位で裕之を寝かせ、裕之に嘔吐物を誤嚥させた上、裕之の入院する六〇七号室に誤嚥した際に使用する吸引器及び気管内挿管器具を置かず、これらを隣接する処置室から搬入しなければ処置できない状態で裕之の嘔吐物の吸引、気管内挿管等の救命処置を遅らせた過失により、裕之に誤嚥した嘔吐物の気管閉塞による窒息を起こさせ、裕之を死亡させた。
(三) 裕之の死因
(1) 裕之はCTスキャン検査でやや脳浮腫気味で著明な異常所見がなく、正常の範囲内であった上、約二〇分前まで会話できるほどに意識状態が回復していたにもかかわらず、急激に血性嘔吐をして意識を喪失しており、不可逆的な脳細胞の直接浸潤や急激な脳浮腫の進行は考えにくく、脳症又は脳炎により誤嚥した嘔吐物の気道閉塞に基づき窒息死したと考えられる。
(2) 仮に窒息死でないとしても、裕之は上気道感染症の先行後、嘔吐、意識障害、痙攣、発熱等の症状があった一方、髄液の細胞数が増加していず、急性脳症の症状を呈し、裕之の意識状態が二峰性を呈しており、急性脳症の特殊型であるライ症候群の悪化に基づき死亡したと考えられる。
(3) 仮に窒息死又はライ症候群の悪化による死亡でないとしても、裕之は約二〇分前まで会話できる状態であったにもかかわらず、短時間に呼吸停止しており、低酸素状態の継続又は循環の不改善による急激な脳浮腫の悪化に基づき死亡したと考えられる。
(四) 損害
(1) 逸失利益金二四一七万二一八一円
裕之は、死亡当時、満七歳の男子であり、平成元年度賃金センサス第一巻・第一表・産業計・企業規模計・男子労働者・高卒全労働者の平均年収金四五五万一〇〇〇円を基礎として、生活費三〇パーセントを控除し、一八歳から六七歳までの四九年間を就労可能年数として、中間利息五パーセントをライプニッツ方式で控除した金額
(2) 死亡にともなう裕之の慰藉料金二〇〇〇万円
(3) 原告澄男の負担した葬儀費用金一〇〇万円
(4) 裕之の死亡にともなう原告ら固有の慰藉料各金一〇〇〇万円
(5) 原告らの負担した弁護士費用は、原告澄男が金三三〇万八一〇九円、原告由美子が金三二〇万八一〇九円
(6) なお、原告らは相続により裕之の権利義務を二分の一ずつ承継した。
2 被告川崎市の主張
(一) 安全配慮義務違反について
(1) 裕之は病弱ではなく、また、裕之の「児童調査表」の記載は過去の病歴を成長の遅れた説明として述べたもの及び親の気持ちを述べたものにすぎず、現在の裕之の健康状態への配慮を具体的に要請するものではなく、家庭訪問におけるやり取りも裕之の健康状態を強調する話はなかったのであり、上野教諭に裕之の健康状態につき配慮すべき義務はなかった。
(2) 上野教諭は、同月一六日、嘔吐物で汚れた裕之のジャンパーを濡れタオルで拭いた上、ストーブで乾かし、裕之もストーブ近くの座席で暖まり、セーター、短パン及びハイソックスに暖まったジャンパーを着用し、裕之をその自宅まで短時間で下校させたのであり、上野教諭に安全配慮義務違反はなかった。
(3) 上野教諭は、裕之が、同月二四日、被告小学校に登校し、同月二五日、咳込んだり、だるそうな様子がなく、原告らから裕之の健康状態が不安な場合に申し出られていた体育の欠席、体育時の服装の指示等がなく、裕之の健康状態は心配すべき状態になく、また、裕之は体操着の上にセーターを着用し、当日は風も強くなかったのであり、上野教諭に安全配慮義務違反はなかった。
(二) 因果関係について
(1) 裕之は、同月一六日以前から風邪に罹患していたところ、インフルエンザウイルスに罹患していた原告らから家庭内でインフルエンザウイルスに感染し、同月一七日ころ風邪に罹患した可能性が高い上、同月二三日ころ、いったん風邪が軽快しており、同月二五日夜からの風邪は別の疾患であり、同月一六日に短パンで下校したことと同月二五日夜からの裕之の風邪の罹患との間に因果関係はない。
(2) 裕之は、同月二三日又は同月二四日ころ、新たに家庭内でインフルエンザウイルスに感染し、同月二五日夜から風邪に罹患した可能性が高く、同日に体育の授業を受けたことと同日夜からの裕之の風邪の罹患との間に因果関係はない。
(3) インフルエンザウイルスに感染しても、脳症を発症することは極めて稀であり、上野教諭が裕之の脳症を予見することは不可能であり、裕之の風邪の罹患と裕之の死亡との間に因果関係はない。
3 被告医療法人社団亮正会の主張
(一) 指示義務違反について
(1) 吉澤医師は、原告由美子が四一度八分の発熱への対処を求めてきたのに対し、前額部及び後頭部の冷却、胸部と下腿の清拭、動かさないこと及び痙攣の経過観察という自宅でできる処置を指示しており、直ちに来院を指示する義務はなかった。
(2) 吉澤医師は、被告が四一度八分の発熱をしたということであるため、むやみに動かすと、痙攣、嘔吐の危険があり、また、座薬の効果をしばらく見るため、来院を指示せず、その上で状態が改善しなければ、来院するように指示しており、直ちに来院を指示する義務はなかった。
(二) 治療義務違反について
(1) 脳炎又は脳症の可能性のみで直ちにグリセオールを投与することはなく、高熱をともなう意識障害がある場合、鑑別診断を行わなければ、本質的な治療を開始できない上、脳浮腫に対する治療はグリセオールの投与以外にも髄液排除等のいくつかの治療方法があり、直ちにグリセオールを投与する義務はなかった。
(2) 裕之が来院前に痙攣があったか不明であり、来院後も痙攣や嘔吐はなく、意識状態が改善してきた状況において、抗痙攣剤を投与すると、意識レベルを下げる危険があり、痙攣のない状態で、直ちに抗痙攣剤を投与する義務はなかった。
(3) 裕之は、来院時から呼吸困難及びチアノーゼがなく、自発呼吸がしっかりしていて低酸素血症状態でなく、脳炎又は脳症の疑い及び発熱による多呼吸があるからといって、直ちに酸素吸入をする義務はない。
(三) 検査義務違反について
星医師は、CTスキャン、血液ガス検査及び髄液の一般検査を直ちに実施し、この時点で可能な検査は全て終えている上、裕之の改善状況から見て、ライ症候群は経過観察の中で徐々に診断するのが通常であり、それ以上に髄液の細胞数検査や血液の生化学検査を直ちに実施する義務はなかった。
(四) 転院義務違反について
星医師が裕之が時間をかけて救急車で転院することのリスクが大きいと判断し、安静臥床の治療を選択したのであり、設備の整った病院へ裕之を直ちに転院させる義務はなかった。
(五) 救護義務違反について
(1) 裕之が髄液採取を受けたところ、頭痛、脳ヘルニア等を防止するため、仰臥位又は腹臥位で頭を低くして約一時間は寝かせなければならず、また、脳炎又は脳症の場合、突然暴れてベッドから転落する危険があるため、安全上ベッドに固定したのであり、頭を高くして側臥位で寝かせる義務はなかった。
(2) 裕之が問診で入院前に三回嘔吐したと聴いたものの、入院後は病変まで嘔吐したことはなかったところ、急性脳炎又は急性脳症の疑いから裕之の嘔吐を予測し、酸素投与の設備及び吸引器具を裕之のベッドサイドに準備し、入院後は数回口腔内吸引を実施した上、裕之が嘔吐した際、看護婦がベッドサイドにいて、事前に気づいて顔面を横に向け、気管内への嘔吐物の誤嚥を防止する措置を取り、看護婦が嘔吐直後にベッドサイドにあった吸引器具により吸引を開始し、看護婦に呼ばれた星医師も直ちに裕之に気管内挿管を実施した上、ボスミン、メイロンの静脈注射、心臓マッサージ等の救命措置を取っており、星医師に過失はない。
(六) 裕之の死因
看護婦が病室にいて、裕之の顔を横に向け、気管内への誤嚥を避ける処置を取っていること、嘔吐後にベッドサイドの器具で吸引していること、隣室にいた星医師が直ちに来て、救命処置を取っていることに加えて、徐々に低酸素脳症となって苦悶し、ショックから痙攣等を起こして死亡するという気道閉塞による窒息死特有の経過を示していないこと、短時間で心肺停止を起こしており、脳の呼吸中枢の停止が疑われることから、裕之の死因は誤嚥による気道閉塞に基づく窒息死でなく、ウイルス性の脳症である悪性の急性壊死性脳症に罹患し、インフルエンザウイルスが脳幹部に及んで呼吸中枢の障害を起こし、呼吸が停止して死亡したと考えられる。
五 争点
1 裕之の死因(争点1)
2 被告川崎市の責任(争点2)
3 被告医療法人社団亮正会の責任(争点3)
4 原告らの損害額(争点4)
六 争点に対する判断
1 争点1について
(一) 裕之の急性脳炎又は急性脳症の罹患
急性脳炎又は急性脳症は、ウイルス等を病因とし、いずれも軽度の上気道感染症や胃腸炎症状を前駆症状とする場合が多く、急激に高熱、嘔吐や下痢等の胃腸症状、全身性の痙攣や頻回の痙攣、意識障害、不規則呼吸や多呼吸等の呼吸症状、ケルニヒ徴候、項部硬直等を発症し、予後が悪く、低酸素血症、発熱性感染症等によると考えられる脳浮腫の悪化又は病因の直接の侵襲による不可逆的、進行的な組織障害により呼吸中枢等の脳幹部の障害を起こして死亡する率が高いという症例であり、炎症所見を欠き、髄液の細胞数が増加しないものが脳症であるが、両者を区別することは困難な場合が多いというものであるところ(証人高木誠一郎の証言、証人三宅捷太の証言、鑑定書、甲五三、五四、七〇、七五、七七、七八、八〇、八八、丙一〇)、前記認定のとおり、裕之は高熱等を発症する前にウイルス感染症による急性咽頭炎と診断されていたこと、急激に高熱、頻回の嘔吐、問いかけに反応しないなどの意識障害、多呼吸及び多頻脈、ケルニヒ徴候、項部硬直を発症していること、CTスキャン検査でやや脳浮腫気味で異常な所見はなかったこと、髄液の細胞数が著しく増加してはいなかったことが認められるところ、このような症状は急性脳炎又は急性脳症の一般的症状と合致する。また、脳内出血では脳に傷害等があり、髄膜炎では髄液の細胞数が増加すると認められるが(証人高木誠一郎の証言、証人三宅捷太の証言、鑑定書)、前記認定のとおり、裕之に脳の異常や髄液の細胞数の著しい増加という所見が認められず、脳内出血、髄膜炎等他病を疑わせる所見はなかったと認められる。したがって、裕之はウイルス感染症による急性咽頭炎を前駆症状として急性脳炎又は急性脳症に罹患したと解するのが相当である。
(二) 裕之の死因
そこで、裕之が急性脳炎又は急性脳症に罹患したことを前提として、裕之の死因について検討する。
(1) 前記認定のとおり、裕之は、平成二年一月二六日午後六時ころの入院時、意識状態が悪かったこと、CTスキャン検査でやや脳浮腫気味で異常な所見がなかったこと、同日午後七時ころから同日午後一〇時ころまでの間、星医師や看護婦の問いかけに答えるなど意識状態が大分回復していたこと、同日午後一〇時二二分ころ、咳をして喘鳴し、多量の血性の粘ちゅう性嘔吐物を嘔吐したこと、同日午後一〇時二五分ころ、呼吸抑制が起こったこと、同日午後一〇時三七分ころ、自発呼吸が弱まり、徐脈となった後、心停止となったこと、同月二七日午前零時四六分ころ、死亡したことが認められるところ、裕之は脳浮腫が軽度であり、嘔吐する約二〇分前まで意識状態も大分回復していたにもかかわらず、何らの徴候も示さないまま、その後、短時間で急激に状態が悪化しているが、この短時間に不可逆的、進行的な脳細胞の破壊又は脳浮腫の悪化が起こったとは考えにくいから、このような経過は脳浮腫の悪化又は病因による直接の侵襲による不可逆的、進行的な組織障害により呼吸中枢等の脳幹部に障害が起こって死亡するに至るという脳炎又は脳症の死亡に至る機序と整合しない。したがって、裕之の死因は急性脳炎又は急性脳症の悪化であると認めることはできない。
(2) ところで、急性脳症の一種であるライ症候群は、ウイルス感染症等を病因とし、軽度の上気道感染症を前駆症状とする場合が多く、ほとんどの場合、急激に数分から数時間以内の嘔吐、コーヒー滓様の嘔吐物の反復嘔吐、意識障害、痙攣等を発症し、高熱をともなう場合も多く、急激な経過で脳浮腫、肝臓や腎臓の脂肪変質等の多臓器障害を起こし、高アンモニア血症、低血糖症、出血傾向等の合併症を発症する場合もあり、脳細胞の脂肪変性、脳浮腫による直接の中枢神経障害及び肝障害から発生したアンモニアによる二次的障害により意識障害が形成され、脳浮腫による脳圧亢進により死亡する率が高いという症例であるところ(証人高木誠一郎の証言、証人三宅捷太の証言、鑑定書、甲五四ないし五八、七〇、七三、八〇、丙一〇)、前記認定のとおり、裕之の症状に痙攣、血性の粘ちゅう性嘔吐以外の出血傾向及び胸部の異常所見が認められないこと、裕之の意識状態が一時期大分回復していたこと、裕之の意識状態の回復から死亡に至るまでの経過が短時間で急激であることから、多数の症状を合併し、進行的に悪化するライ症候群の症状と整合しない上、裕之のライ症候群の悪化が隅々裕之の嘔吐と重なって起こり、裕之が死亡するに至ったというのも経過として不自然である。したがって、裕之の死因はライ症候群の悪化であると認めることもできない。
(3) さらに、急性壊死性脳症は、発熱をともなう上気道感染症が先行し、発熱の0.5日から三日後に意識障害、痙攣のいずれかを発症し、二四時間以内に昏睡状態となり、昏睡状態では高熱、多呼吸があり、痙攣の頻度が高く、高アンモニア血症や出血傾向はないものの、最重症例ではショック状態となり、急性期には脳浮腫が顕著となり、多発性の浮腫性壊死性病変が両側の視床を含む特定の領域に左右対称性に生じるという症例であるところ(丙一〇)、前記認定のとおり、裕之の症状には痙攣や脳浮腫の悪化が認められないこと、裕之はいったん意識状態を回復していること、裕之の意識状態の回復から死亡に至るまでの経過が短時間で急激であることから、痙攣の頻度が高く、脳浮腫が顕著となる急性壊死脳症の症状と整合しない上、裕之の急性壊死性脳症の悪化が偶々裕之の嘔吐と重なって起こり、裕之が死亡するに至ったというのも経過として不自然である。したがって、裕之の死因は急性壊死性脳症の悪化であると認めることもできない。
なお、被告医療法人社団亮正会は、前記主張のとおり、裕之の死因は急性壊死性脳症の悪化である旨主張するが、以上に述べたとおりであり、理由がない。
(4) 以上からすれば、裕之の死因が急性脳炎、急性脳症の悪化、ライ症候群の悪化又は急性壊死性脳症の悪化であった事実をいずれも認めがたいというべきところ、前記認定のとおり、裕之は、同日午後一〇時ころ、問いかけに答えるなど意識状態が大分回復していたこと、同日午後一〇時二二分ころ、意識状態の回復から約二〇分で咳をして喘鳴し、鼻腔及び口腔に多量の血性の粘ちゅう性嘔吐物を嘔吐したこと、同日午後一〇時二五分ころ、呼吸抑制が起こったこと、血性の粘ちゅう性嘔吐物が多量に吸引されたこと、同日午後一〇時三七分ころ、嘔吐から約二〇分で自発呼吸が弱くなり、心停止に至ったこと、同月二七日午前零時四六分ころ、死亡したことが認められ、意識状態の回復していた裕之が突然に咳をして喘鳴し、多量の血性の粘ちゅう性嘔吐物を嘔吐し、その直後に呼吸抑制を起こし、死亡するに至っているのであって、このような極めて短時間で急激な死亡に至る経過からすれば、多量の嘔吐物の嘔吐がその原因となったとみるのが自然であり、裕之が嘔吐物を誤嚥し、これが気道を閉塞し、呼吸抑制を起こしたというべきである。
(三) 小括
以上のとおり、裕之の死因は嘔吐物の誤嚥に基づく窒息死であると解するのが相当である。
2 争点2について
裕之の死因は嘔吐物の誤嚥に基づく窒息死であることを前提として、被告川崎市の責任について検討する。
(一) 一般的安全配慮義務
公立学校における在学関係は入学許可という行政処分により発生する公法上の営造物利用関係であるところ、公立学校という営造物利用関係に入った児童と管理者である公立学校及びその教諭との間には信頼関係によって基礎づけられる特別な社会的接触の関係が発生するのであるから、このような当事者間の営造物利用関係に付随する義務として、公立学校及びその教諭は、信義則上、在学する児童の生命、身体等を危険から保護する措置を取るべき安全配慮義務を一般的に負っていると認められる(原告らと被告川崎市間に争いがない。)。
そして、上野教諭は、前記認定のとおり、被告小学校における裕之の担任であったことが認められるから、被告川崎市の履行補助者として裕之に対する一般的な安全配慮義務を負っていたと解するのが相当である。
(二) 上野教諭の裕之に対する具体的安全配慮義務違反
そこで、一般的な安全配慮義務を前提として、上野教諭の裕之に対する具体的な安全配慮義務及びその違反について検討する。
(1) 前記認定のとおり、裕之の肺炎等の既往歴、気管支系や消化器系の不調を呈しやすい体質、六歳ないし七歳という年令、学年平均値を下回る体格、主に気管支系疾患を理由とする欠席の状況からすれば、裕之は、被告小学校在学当時、風邪等の気管支系疾患に罹患しやすく、悪性の気管支系疾患によっては重篤な事態に至る可能性のある健康状態であったと認められるところ、前記認定のとおり、平成二年一月当時のインフルエンザの流行からすれば、裕之がウイルス性の風邪に罹患し、重篤な事態に至る可能性があったと認められる。
そして、前記認定のとおり、上野教諭は、裕之の担任として、裕之の生命や身体に対する危険を防止すべき安全配慮義務を負っているところ、原告らが提出した「連絡帳」等の書面を閲覧するなど裕之の既往歴、体質、年令、体格、欠席の状況を把握していたのであるから、裕之が風邪等の気管支系疾患に罹患しやすく、悪性の気管支系疾患によっては重篤な事態に至る可能性のある健康状態であったと予見することができたというべきであり、また、同月当時のインフルエンザの流行も新聞報道されており、これを予見することができたというべきであるから、上野教諭は、普通の健康状態の児童とは異なり、気管支系の健康状態に不安のある裕之がウイルス性の風邪に罹患し、重篤な事態に至る可能性を予見することができたというべきである。
さらに、上野教諭は、裕之の担任として、被告小学校において、裕之を指導、監督すべき立場にあったのであるから、気管支系の健康状態に不安のある裕之がウイルス性の風邪に罹患し、重篤な事態に至る可能性を予見することができた以上、原告ら又は裕之からの申出がなくても、被告小学校において、気管支系の健康状態に不安のある裕之がウイルス性の風邪に罹患し、重篤な事態に至らないよう配慮すべき義務を負っていたと解するのが相当であり、上野教諭は、重要な風邪対策として、裕之に保温の措置等を取る必要があったというべきである。
(2) そうとすれば、上野教諭が裕之を短パンで下校させた行為及び裕之を短パンで体育の授業を受けさせた行為が具体的安全配慮義務違反に該当するかについて検討する。
前記認定のとおり、上野教諭は、平成二年一月一六日、雪が降り、気温の低い寒気の中、裕之を短パンで約七〇〇メートル離れた自宅まで下校させたと認められるところ、このような行為は裕之の身体を一定の時間寒気の中に晒しており、保温の措置が十分でなかったことが明らかであり、気管支の健康状態に不安のある裕之がウイルス性の風邪に罹患しやすい状況を作り出したというべきである。
また、前記認定のとおり、上野教諭は、同月二五日、晴れてこそいたものの、気温の低い寒気の中、被告小学校屋外運動場において、風邪による4.5日間の欠席から登校したばかりの裕之を短パンで体育の授業を受けさせており、このような行為も病み上がりの裕之の身体を一定の時間寒気の中に晒しており、保温の措置が十分でなかったことが明らかであり、特に病み上がりで気管支の健康状態に不安のある裕之がウイルス性の風邪に罹患しやすい状況を作り出したというべきである。
したがって、上野教諭が裕之を短パンで下校させた行為及び裕之を短パンで体育の授業を受けさせた行為は保温の措置を十分に取ったとはいえず、具体的安全配慮義務違反に該当すると解するのが相当である。
(三) 被告川崎市の主張について
(1) もっとも、被告川崎市は、前記主張のとおり、上野教諭の裕之に対する安全配慮義務はなかった旨主張する。
しかし、本件証拠上裕之が気管支系の健康状態に不安のある児童であった事実を覆すに足りる証拠はない。また、仮に裕之の「児童調査表」の記載の趣旨や家庭訪問の際のやり取りが被告川崎市の主張のとおりであるとしても、前記認定のとおり、上野教諭は、これらのほかに裕之の既往歴、体質、年令、体格、欠席の状況を併せて把握していたのであるから、裕之の健康状態を優に認識することができたと認められ、「児童調査表」の記載の趣旨や家庭訪問の際のやり取りのみから上野教諭の裕之に対する安全配慮義務を否定することはできず、その他これを覆すに足りる証拠はない。
(2) また、被告川崎市は、前記主張のとおり、上野教諭の裕之に対する安全配慮義務違反もなかった旨主張する。
しかし、裕之の自宅が被告小学校から約七〇〇メートル離れている事実を覆すに足りる証拠はない。また、前記認定のとおり、上野教諭は、同月一六日、嘔吐物で汚れた裕之のジャンパーを濡れタオルで拭いた上、ストーブで乾かし、裕之をストーブ近くの座席で暖まらせ、セーター、短パン及びハイソックスに暖まったジャンパーを裕之に着用させ、自宅まで下校させたと認められるものの、裕之の健康状態、当時のインフルエンザの流行、当日の天候等からすれば、特に裕之がウイルス性の風邪に罹患しやすい状況であったのであるから、上野教諭が裕之を短パンで下校させた行為が裕之の身体を寒気の中に晒し、風邪に罹患しやすい状況を作り出したことに変わりはなく、裕之に対する保温の措置はなお十分でなかったというべきである。
また、前記認定のとおり、裕之は、同月二四日、同校に登校し、同月二五日、咳込んだり、だるそうな様子はなく、原告らから裕之の健康状態が不安な場合に申し出られていた体育の欠席、体操の服装の指示等もなく、当日の風は強くなかったと認められるものの、裕之が風邪による欠席から登校したばかりであったこと、当時のインフルエンザの流行、当日の気温等からすれば、裕之が特に病み上がりでウイルス性の風邪に罹患しやすい状況であったのであるから、上野教諭が、同校屋外運動場において、裕之に短パンで体育の授業を受けさせた行為が裕之の身体を寒気の中に晒し、風邪に罹患しやすい状況を作り出したことに変わりはなく、裕之に対する保温の措置はなお十分でなかったというべきである。
(3) したがって、被告川崎市の主張はいずれも理由がない。
(四) 因果関係
上野教諭の裕之に対する前記安全配慮義務違反と裕之の死亡との間の因果関係について検討する。
(1) 前記認定のとおり、裕之は、平成元年一二月二八日及び平成二年一月五日、被告病院において、カタル性扁桃炎等で診療を受けた後は、被告小学校へ登校していたこと、同月一六日、降雪で寒気の中、短パンで約七〇〇メートル離れた自宅まで下校したこと、同月一七日、三八度の発熱をし、同月一八日、被告病院において、急性胃腸炎と診断されたことが認められ、このような経過からすれば、裕之が短パンで下校したことが裕之の身体を寒気に晒したため、裕之が発熱をともなう急性胃腸炎に罹患したとみるのが合理的であるけれども、他方、裕之は、同月二三日、急性胃腸炎の症状が軽快し、同月二四日、登校していたことも認められ、このような経過からすれば、同月一八日の急性胃腸炎と同月二五日のウイルス感染症による急性咽頭炎が同一のウイルスによる発症であるとは考えにくく、裕之が短パンで下校したことと同月二五日のウイルス感染症による急性咽頭炎の罹患との間に因果関係があると認めるに十分でなく、その他これを認めるに足りる証拠はない。したがって、この限りにおいて、被告川崎市の因果関係を否定する前記主張は理由がある。
(2) しかし、前記認定のとおり、裕之は、同月二三日、急性胃腸炎が軽快し、同月二四日、登校したこと、同月二五日、寒気の中、被告小学校屋外運動場において、短パンで体育の授業を受けたこと、同日夜、発熱し、同月二六日、原告由美子の計測で三九度七分の発熱をしたこと、同日、被告病院において、吉澤医師にウイルス感染症による急性咽頭炎と診断されたことが認められ、このような経過からすれば、急性胃腸炎が軽快し、登校したばかりの裕之が短パンで体育の授業を受けたことが裕之の身体を寒気に晒したため、発熱をともなうウイルス感染症による急性咽頭炎に罹患したとみるのが合理的であり、さらに、裕之はそのウイルス感染症による急性咽頭炎を前駆症状として急性脳炎又は急性脳症に罹患したと認められる。そして、裕之は急性脳炎又は急性脳症に罹患したことが原因で被告病院に入院中に嘔吐物の誤嚥による気道閉塞に基づき死亡しており、上野教諭が裕之に短パンで体育の授業を受けさせた行為と裕之の死亡との間には因果関係があると解するのが相当である。
(3) もっとも、被告川崎市は、前記主張のとおり、裕之が、同月二五日、体育の授業を受けたことと同日のウイルス感染症による急性咽頭炎の罹患との間に因果関係はない旨主張する。しかし、仮に裕之及びその家族の風邪の罹患状況が被告川崎市の主張のとおりであるとしても、裕之が体育の授業を受けてからウイルス感染症による急性咽頭炎に罹患するまでの経過からすれば、裕之が短パンで体育の授業を受け、身体を寒気に晒したことが裕之のウイルス感染症による急性咽頭炎の罹患を促進したと認められ、裕之が短パンで体育の授業を受けたことと裕之のウイルス感染症による急性咽頭炎の罹患との間に因果関係を認めて差し支えない。
また、被告川崎市は、前記主張のとおり、裕之のウイルス感染症による急性咽頭炎の罹患と裕之の死亡との間に因果関係はない旨主張する。しかし、インフルエンザ等のウイルス感染症から脳炎又は脳症を発症することが稀であっても、脳炎又は脳症が上気道感染症を前駆症状とする場合が多いのであるから、裕之のウイルス感染症による急性咽頭炎の罹患が急性脳炎又は急性脳症の前駆症状となったとみるのが合理的であり、裕之が短パンで体育の授業を受けたことと裕之の急性脳炎又は急性脳症の罹患との間に因果関係を認めて差し支えない。
したがって、被告川崎市の主張は理由がない。
(五) 小括
以上からすれば、被告川崎市は、その履行補助者である上野教諭の裕之に対する安全配慮義務違反があり、これにより裕之が死亡したと認められるから、原告らに対し、債務不履行(安全配慮義務違反)に基づく損害賠償責任を負うと解するのが相当である。
3 争点3について
裕之の死因は嘔吐物の誤嚥に基づく窒息死であることを前提として、被告医療法人社団亮正会の過失について検討する。
(一) 指示義務違反、治療義務違反、検査義務違反及び転院義務違反
原告らは、前記主張のとおり、被告医療法人社団亮正会に対し、指示義務違反、治療義務違反、検査義務違反、転院義務違反及び救護義務違反を主張している。しかし、原告らの指示義務違反、治療義務違反、検査義務違反及び転院義務違反の主張は、いずれも裕之の死因が急性脳炎、急性脳症による脳浮腫の悪化又はライ症候群の悪化であることを前提として注意義務を構成しているところ、前記認定のとおり、裕之の死因は急性脳炎、急性脳症による脳浮腫の悪化又はライ症候群の悪化であると認めるに足りる証拠はないから、原告らのこれらの主張はその余について判断するまでもなく、認めることはできない。
(二) 救護義務違反
そこで、裕之の死因は嘔吐物の誤嚥に基づく窒息死であることを前提とする原告らの救護義務違反の主張について検討する。
(1) 前記認定のとおり、裕之は、同月二五日午後二時四〇分ころ、原告由美子が被告病院へ電話するまでの間、嘔吐し、さらに、同日午後四時五〇分ころ、被告病院へ運び込まれるまでの間、途中で三回嘔吐したこと、星医師は、吉澤医師から裕之の同日午後の急変、嘔吐の回数等の申し送りを受けていたこと、裕之は、星医師が最初に診察した際、意識状態が悪く、多呼吸及び多頻脈という所見であり、星医師は、問診、視診等をして診察し、右所見を得て、裕之を急性脳炎又は急性脳症と診断したこと、急性脳炎又は急性脳症は嘔吐や下痢等の胃腸症状を発症することが認められ、このような裕之の症状及び急性脳炎又は急性脳症の特徴からすれば、裕之が嘔吐した上、嘔吐物を誤嚥し、気管閉塞に基づき窒息死する可能性のある状態であったと認められるところ、星医師は吉澤医師から裕之の症状について申し送りを受けた上、実際に裕之を診察し、裕之の症状を把握していたことが認められ、また、医師として、急性脳炎又は急性脳症の特徴を当然に知るべき立場にあったことが認められるから、裕之が嘔吐した上、嘔吐物を誤嚥し、気道閉塞に基づき窒息死する可能性のある状態であると予見できたというべきである。
(2) そして、患者を診療した医師は、当時の医療水準に従って、患者の不測の事態の発生を予防する措置を取り、また、不測の事態が発生した場合、直ちに対処すべき診療義務が発生するというべきところ、前記認定のとおり、星医師は裕之が嘔吐した上、嘔吐物を誤嚥し、気道閉塞に基づき窒息死する可能性を予見できたのであるから、裕之に嘔吐物の誤嚥が発生しなように予防措置を取り、また、嘔吐物の誤嚥が発生した場合、直ちに救命できる措置を取るべき義務があったというべきである。
(3) ところで、当時の医療水準からみて、嘔吐物の誤嚥の予防措置として、意識障害の状態で嘔吐が予想される重症患者は頭を高くして側臥位で寝かせ、体位交換を頻繁にし、挿管器具を準備し、さらに、あらかじめ胃内容物を吸引し、その後も胃を空けておくため、胃チューブを常備するのが最良の方法であるが、重症患者でなければ、二四時間モニター、吸引器及び酸素吸入器を常備していれば、看護婦が常時病室にいなくても不適切ではないと認められ(証人三宅捷太の証言、鑑定書)、また、腰椎穿刺をした患者は頭を低くし、約一、二時間安静にする必要があること(証人三宅捷太の証言、鑑定書、甲五九、六〇)、せん妄状態で点滴を抜いたり、暴れたりするのを防止するため、脳炎又は脳症の患者を仰臥位で寝かせるのが一般的であること(証人三宅捷太の証言、鑑定書)が認められるところ、前記認定のとおり、裕之は、入院前こそ嘔吐があったものの、入院後は嘔吐物を誤嚥するまで嘔吐がなかったこと、意識状態が大分回復していたこと、腰椎穿刺を受けたことが認められ、このような裕之の症状からすれば、星医師が裕之の嘔吐物の誤嚥の予防措置として裕之の頭を高くして側臥位で寝かせること及び胃チューブを常備することは必ずしも必要とされず、また、看護婦が常時病室に在室することも必ずしも必要とされないというべきである。しかし、前記認定のとおり、当時の嘔吐物の誤嚥の予防措置の医療水準からすれば、裕之に二四時間モニターを設置し、その病室に吸引器及び酸素吸入器を常備し、裕之の嘔吐物の誤嚥に対しては直ちに吸引、気管内挿管等の救命措置を取るべき義務が最低限あったと解するのが相当である。
(三) そこで、裕之に二四時間モニターを設置し、その病室に吸引器及び酸素吸入器を常備し、裕之の嘔吐物の誤嚥に対しては直ちに吸引、気管内挿管等の救命措置を取るべき義務が星医師にあったことを前提として、星医師の救護義務違反の過失について検討する。
前記認定のとおり、星医師は、腰椎穿刺の後、裕之の頭を低くし、仰臥位で手足を抑制して寝かせたこと、六〇七号室には胃チューブが常備されていなかったこと、看護婦三人及び星医師が裕之及び重症患者三人の入院する六〇七号室を観察していたこと、裕之が嘔吐した後、看護婦が裕之の嘔吐物を吸引し、看護婦に呼び出された星医師が裕之に酸素吸入、気管内挿管、ボスミン、メイロン等の注射、心臓マッサージ等の救命措置を実施したこと、なお、バイタルチェックのため、裕之に二四時間モニターが設置されていたことが認められるが、それ以上に六〇七号室の救命の設備の状況や裕之が嘔吐した正確な時間は不明であり、裕之の入院する六〇七号室に誤嚥した際に使用する吸引器及び酸素吸入器を常備せず、これらを隣接する処置室に置いたこと及び裕之に対する嘔吐物の吸引、気管内挿管等の処置が遅れたことを認めるに足りる証拠はない。
したがって、裕之を診療し、被告医療法人社団亮正会の履行補助者であったと認められる星医師に救護義務違反の過失があったと認めることはできない。
(四) 小括
以上からすれば、被告医療法人社団亮正会は、その履行補助者である吉澤医師及び星医師の裕之に対する過失がないから、その余について判断するまでもなく、原告らに対し、債務不履行又は不法行為に基づく損害賠償責任を負わないと解するのが相当である。
4 争点4について
(一) 裕之の損害
前記認定からすれば、裕之は、死亡当時、満七歳の男子であったと認められるから、裕之の逸失利益は、平成元年度賃金センサス第一巻・第一表・産業計・企業規模計・男子労働者・高卒全労働者の平均年収金四五五万二三〇〇円を基礎として、生活費五〇パーセントを控除し、一八歳から六七歳までの四九年間を就労可能年数として、ライプニッツ方式で中間利息年五分を控除した金二二四四万八〇七四円を認めるのが相当である。
なお、前記認定のとおり、原告らは死亡した裕之の親であるから、相続により裕之の権利義務を二分の一ずつ承継した。
(二) 原告ら固有の損害
(1) 裕之の死亡にともなう原告らの慰藉料はそれぞれ金八〇〇万円を認めるのが相当である。
(2) 原告澄男が負担した裕之の葬儀費用は金一〇〇万円を認めるのが相当である。
(3) 原告らの負担した弁護士費用は、原告澄男が金二〇二万二四〇三円、原告由美子が金一九二万二四〇三円を認めるのが相当である。
(三) したがって、原告澄男は、被告川崎市に対し、合計金二二二四万六四四〇円の損害賠償請求権を、原告由美子は、被告川崎市に対し、合計金二一一四万六四四〇円の損害賠償請求権をそれぞれ有すると解するのが相当である。
七 被告らの損害賠償責任
以上からすれば、被告川崎市は、原告澄男に対し、損害金二二二四万六四四〇円及び弁護士費用を除く内金二〇二二万四〇三七円に対する裕之の死亡した日である平成二年一月二七日から支払済みまで民法所定の年五分の割合の遅延損害金を、原告由美子に対し、損害金二一一四万六四四〇円及び弁護士費用を除く内金一九二二万四〇三七円に対する同日から支払済みまで民法所定の割合の遅延損害金をそれぞれ支払うべきであるが、被告医療法人社団亮正会は、原告らに対し、損害賠償責任を負わないというべきである。
八 結論
よって、原告らの被告川崎市に対する請求は右の限度で理由があるから認容し、原告らのその余の請求は理由がないから棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法六一条、六五条一項ただし書を、仮執行の宣言につき同法二五九条一項、三項をそれぞれ適用し、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官小川克介 裁判官福島節男 裁判官河本寿一)